忘れてましたがそういえば、京都には稲盛和夫さんという
なんとも愛すべきパトロン肌の人がいたじゃないですか!
林、うってつけです。
かわいがられてください、いや変な意味じゃなく。
(年頭コメントがなにやら暴走しているので念のため)
…とそんな感じで、悲しいさびしいせつないと嘆きつつ
胃が痛むこともなく林の続報を横目でチラチラ見やる私です。
(でもあまり嬉しそうなのは、さすがにやっぱり辛いけど)
なんでそんなことが普通にできるかというと、
悲しみが「純粋に悲しみだけ」だからかもしれない。
こんなに誰から見ても筋の通った移籍はそうそうない。
誤解も悪意もそこにはなく、ただ道だけが分かれていて、
だから余計な感情が混じらず、悲しみはクリアなままにある。
きっとそれは、別れとしては幸せなほうなのだと思うのです。

あの日、あくまで個人的な話をすればですが、
林が結局はスタメンを望んでいるのだと知って
ちょっとだけ私はがっかりしたのでした。
林は仕方なくサブをやっている人間ではなく、
90分闘える能力を持ってして、あえてサブを努めぬく。
サブという立場にポジティブな意味を持たせられる数少ない選手の一人。
サブが決して賎業ではないということを、私は林丈統から教えられた!
…普段から本気でそう思い込んでいたので
林本人がそう思っていなかったことが心外だったのでした。
(サポって勝手ですね)
ただ、林をサブとして使っていた監督のうち
何人かも実はそうだったんじゃないかと、こっそり思うわけですよ。
御大だって、ひょっとしたらそう言っていたかもしれない。
「サブの概念をおまえ自身が塗り替えろ!」と、無言のうちに。
そして林自身はその意図を理解し、なおかつよしとはしなかった。
だとしたらそれはもう「表現者のエゴ」の問題になるのです。
オシムと林、二つのエゴの衝突。
どちらかが正解なのではなく、両方ありえて両立はできない。
05年の林は、確かに前年までとは明らかに違っていました。
アイデアの引き出しが増え、走りの質と量が格段に伸び…。
そして今にして思えば、それらはことごとく
「自分のどこをどう伸ばしたら先発の座が掴めるか」という
林の必死な模索の成果だったのかもしれません。
一年間、力の限り賭けに出続けた林丈統。何度も何度も。

自分のできる限りをぶつけ続けた林丈統は
ここでの闘いに幕を引くことを自ら決め
そして今は京都にいる
これはそういうお話かもしれないと、ふと思ったわけでした。
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